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  • Maydo Journal #016

    Maydo Journal #016

    地方にいると、
    「ゆっくりでいいよね」
    「地方なんだから、そんなに急がなくても」
    と言われることがある。

    確かに、都会と比べれば、地方の時間はゆるやかだ。
    人の流れも、情報の更新頻度も、意思決定のスピードも違う。

    でも、豊岡で約5年半仕事をしてきて、
    僕はむしろ逆のことを感じている。

    地方にいるからこそ、“都市のスピード”を手放してはいけない。

    今日は、そんな話を書いてみたい。


    みなさん、こんにちは。ブランディングカンパニーMaydoの森下です。僕の記事を初めて見ていただいた方は、ぜひ自己紹介ページもご覧になってください!

    https://note.com/embed/notes/n44dd574f49ba

    目次

    1. ■ 地方にいても、仕事は内と外から同時にやってくる
    2. ■ 大事なのは「速さ」ではなく、「仕掛かりの早さ」
    3. ■ 地方にいると、スピードがそのまま信用になる
    4. ■ 都会のスピード × 地方の流れ = 静かな加速
    5. ■ ローカルか、グローバルか、ではなく
    6. ■ あなたのスピードは、どこにありますか?

    ■ 地方にいても、仕事は内と外から同時にやってくる

    豊岡にいると、仕事のオファーは大きく分けて二つに分かれる。

    ひとつは、地域の中から。
    もうひとつは、地域の外から。

    この二つが、同時に、しかも予想外のタイミングで重なる。

    地方にいる=仕事が少ない、ではない。
    むしろ、仕事の性質が混ざり合う

    地域に根ざした、関係性重視の仕事。
    一方で、スピードと成果を求められる外の仕事。

    この両方に応えるには、
    どちらかの流れに寄せすぎると、うまくいかない。

    地方のリズムに甘えすぎると、外の仕事で信頼を失う。
    都会のスピードをそのまま持ち込むと、地域で浮いてしまう。

    だから僕は、
    「都市のスピードを持ちながら、地方の流れに順応する」
    という姿勢を、ずっと意識している。


    ■ 大事なのは「速さ」ではなく、「仕掛かりの早さ」

    ここでひとつ、はっきりさせておきたい。

    僕が言う“スピード”は、
    早口で動くことでも、常に急いでいることでもない。

    大事なのは「速さ」ではなく、「仕掛かりの早さ」。

    ・返事が早い
    ・一度ボールを受け取る
    ・まず考え始める
    ・動き出しを遅らせない

    この「最初の一歩」が早いだけで、
    仕事の印象は驚くほど変わる。

    地方では特に、この差が大きい。

    選択肢が多くない分、
    「ちゃんと向き合ってくれる人かどうか」
    が、スピード感で判断される。

    だから、
    スピードは効率ではなく、誠意の見える化
    なのだと思っている。


    ■ 地方にいると、スピードがそのまま信用になる

    地方の仕事は、顔が見える。

    誰が、どんな姿勢で、どんな言葉を使っているのか。
    それが、すぐに共有される。

    この環境では、
    「あとでやろう」
    「まあ、いいか」
    が積み重なると、すぐに信用に影響する。

    逆に言えば、

    ・早めに動く
    ・小さくても前に進める
    ・途中経過を伝える

    これだけで、信頼は確実に積み上がる。

    都市ではスピードは“当たり前”かもしれない。
    でも地方では、スピードは“価値”になる。

    だからこそ、
    都市で身につけたスピード感を、
    地方に来たからといって手放す必要はない。

    むしろ、それを丁寧に翻訳して使うことが大切だ。
    移住を検討されている方は、ぜひこの辺りを参考にしていただければと思う。


    ■ 都会のスピード × 地方の流れ = 静かな加速

    面白いのは、
    地方の流れに順応していると、
    気づけばスピードが「上がっている」ことだ。

    急いでいるわけではない。
    でも、物事が前に進む。

    関係性が深まり、
    意思決定がシンプルになり、
    信頼の回路が短くなる。

    すると、
    一つひとつの仕事が、次の仕事につながる。

    これは、
    都会のスピードだけでは生まれないし、
    地方のゆるさだけでも生まれない。

    両方の“あいだ”に立つことで生まれる、静かな加速。

    今の僕は、
    この状態が一番心地いい。


    ■ ローカルか、グローバルか、ではなく

    よく、
    「ローカルでやるのか」
    「グローバルを目指すのか」
    と聞かれる。

    でも、正直に言えば、
    僕自身はその二択で考えたことがあまりない。

    イタリアに住み、英語圏にも行き、
    海外がもともと“近い場所”だったからかもしれない。

    どこにいても、
    ローカルとグローバルの“あいだ”にいる感覚。

    だから今も、
    豊岡にいながら、
    都市のスピードを持ち続けている。

    それは無理をしているわけでも、背伸びしているわけでもない。
    自分のリズムを、場所に合わせて調整しているだけだ。


    ■ あなたのスピードは、どこにありますか?

    地方にいるから、遅くていい。
    都会にいるから、早くなきゃいけない。

    そんな単純な話ではない。

    大切なのは、
    自分がどんなスピードで、何に向き合いたいか。

    ローカルにいながら都市のスピードを持つ。
    その選択は、
    これからの働き方のひとつの答えだと思っている。

  • Maydo Journal #013

    Maydo Journal #013

    「地方で仕事をする“自由”と“責任”について。」

    地方都市、豊岡で働いていて感じる、自由と責任の“重なり合うポイント”。誰かに縛られないからこそ、自分で決める力が問われる

    ——その実感を書いてみました。

    みなさん、こんにちは。ブランディングカンパニーMaydoの森下です。僕の記事を初めて見ていただいた方は、ぜひ自己紹介ページもご覧になってください!

    https://note.com/embed/notes/n44dd574f49ba

    地方で働くようになって、一番よく聞かれる質問がある。
    「地方のほうが自由ですか?」というものだ。

    たしかに、自由だと思う。
    時間の使い方も、働き方も、人との距離感も。
    “都会の基準”から少し離れるだけで、呼吸が深くなる瞬間がある。

    でも同時に、自由と同じくらい——いや、それ以上に“責任”がのしかかる。そのバランスが、この数年でようやく腑に落ちてきた。

    目次

    1. 地方では「誰かがやるだろう」が通用しない。
    2. 必要なのは、完璧さよりも「誠意の速度」。
    3. やりたくて選んだ「自由」か。やらなくて済むための「自由」か。
    4. 自由と責任は、背中合わせじゃなく、重なり合っている。
    5. 自由に働くことは、覚悟を持つことでもある。

    地方では「誰かがやるだろう」が通用しない。

    都会にいた頃、気づかないうちに
    「誰かがやってくれるだろう」という感覚に甘えていた。
    役割分担が細かく、専門性が分断され、
    自分の“線引き”が自然とできてしまう環境。

    でも豊岡では、その境界線は驚くほど薄い。
    小さな街だからこそ、
    “やる人がいなければ、物事は動かない”という現実がある。

    だから、自由と同時に「自分がやらなければ」という責任が生まれる。
    自由だから楽、というわけじゃない。
    むしろ、自由だからこそ逃げられない。


    必要なのは、完璧さよりも「誠意の速度」。

    地方で仕事をしていると、
    結果の前に“姿勢”を見られることが多い気がする。

    どれだけ立派なスキルを持っていても、
    どれだけ良い企画を書いても、
    その街の人たちと同じ地平で、同じ温度で向き合えるかどうか。

    特に感じるのは、誠意の速度だ。

    早くやるかどうかではなく、
    「どれだけ心を込めてすぐ動くか」という質の早さ。
    レスの一つ、現場への顔出し一つで、信頼は驚くほど変わる。

    都会での“効率”とは違う、
    地方の“速度感”がそこにはある。


    やりたくて選んだ「自由」か。やらなくて済むための「自由」か。

    自由の使い方には、大きな差がある。

    • やりたいことを形にするための自由
    • 責任から距離を置くための自由

    同じ「自由」という言葉でも、その意味は大きく違う。

    地方で仕事をしていると、
    後者の自由はすぐに見透かされる。
    小さなコミュニティでは、誤魔化しがきかない。
    誰が本気で、誰が逃げているか。
    その違いが、驚くほどはっきりと現れる。

    だからこそ、前者の自由をどう使うかが問われる。
    “自分の意思で選び、自分の意思で決める”という自由の使い方だ。


    自由と責任は、背中合わせじゃなく、重なり合っている。

    豊岡に来てみて気づいたのは、
    自由と責任は別々に存在しているわけではないということ。

    責任があるからこそ、自由が活きる。
    自由があるからこそ、責任が生まれる。
    それは背中合わせではなく、むしろ重なり合っていて、
    その重なる部分が、人の“らしさ”になる。

    地方で働く面白さは、たぶんその“重なり”の部分にある。

    誰かに決められた仕事ではなく、
    自分で選び、動き、形にしていく。
    そのプロセスの中で、自分の仕事の軸が育っていく。


    自由に働くことは、覚悟を持つことでもある。

    自由な働き方を望む人は多いけれど、
    自由には覚悟が必要だと思う。

    やるべきことを自分で決める。
    誰に頼られたいのかを自分で選ぶ。
    そして、自分が動かなければ何も変わらないという現実を背負う。

    その覚悟のある自由は、心地よい。
    地方で働く今、日々そのことを感じている。

    自由と責任。
    どちらかではなく、どちらも持って生きていくこと。
    そのバランスが、人の仕事を美しくする。

    あなたにとって、“自由に働く”とはどんなことですか?