• Maydo Journal #018

    Maydo Journal #018

    最近、強い人とはどんな人だろうと考えることが増えた。
    ここでいう強さは、スキルや実績の話ではない。
    もっと静かな、内側の話だ。

    たとえば、環境が変わっても、
    評価が揺れても、
    思うように進まない時間が続いても、
    どこかで折れずにいられる人がいる。

    一方で、能力は高いのに、
    ある瞬間にふっと力を失ってしまう人もいる。

    この違いは何なのだろう。
    最近、そのヒントは「問い」にある気がしている。

    みなさん、こんにちは。ブランディングカンパニーMaydoの森下です。僕の記事を初めて見ていただいた方は、ぜひ自己紹介ページもご覧になってください!

    https://note.com/embed/notes/n44dd574f49ba


    ■ 正解を持つ人より、問いを持つ人の方が長く進める

    AIの登場によって、
    正解にたどり着くスピードは圧倒的に速くなった。

    調べれば分かる。
    聞けば出てくる。
    整った答えは、すぐ手に入る。

    だからこそ、
    「正解を知っていること」の価値は、
    以前より少しずつ薄れている。

    代わりに浮かび上がってきたのは、
    どんな問いを持っているかという違いだ。

    問いを持つ人は、
    すぐに結論に飛びつかない。

    遠回りをする。
    立ち止まる。
    分からないまま考え続ける。

    一見、非効率に見えるこの時間が、
    実はその人の“折れにくさ”をつくっている。


    ■ 折れる瞬間は、「意味」が見えなくなったときに来る

    人が本当に苦しくなるのは、
    忙しいときでも、失敗したときでもない。

    意味が見えなくなったときだと思う。

    なぜこれをやっているのか。
    どこに向かっているのか。
    続けた先に何があるのか。

    それが分からなくなると、
    人は静かに力を失っていく。

    逆に言えば、
    たとえ状況が厳しくても、
    自分の中に問いが残っていれば、
    完全には止まらない。

    問いは、
    未来に向かう細い糸のようなものだ。


    ■ 問いは、答えを出すためではなく、立ち止まらないためにある

    これまで僕は、
    問いとは答えにたどり着くためのものだと思っていた。

    でも最近は、少し違う気がしている。

    問いの役割は、
    答えを出すことよりも、
    思考を止めないことにある。

    すぐに結論を出してしまえば、
    その瞬間に思考は終わる。

    でも、問いを持ち続けていれば、
    人は更新され続ける。

    未完成のままでいられる。
    変わり続ける余地を持てる。

    AIが得意なのは、
    すでにある情報の中で完成された答えを出すことだ。

    人間に残されているのは、
    問い続ける力なのかもしれない。


    ■ 折れにくい人は、「分からない状態」に耐えられる

    もう一つ気づいたことがある。

    折れにくい人は、
    共通して分からない状態にとどまれる

    すぐに白黒をつけない。
    結論を急がない。
    曖昧さを抱えたまま進める。

    これは弱さではなく、
    むしろ強さに近い。

    なぜなら、
    現実の多くは、
    すぐに答えが出る形をしていないからだ。

    分からない時間を通り抜けた人だけが、
    次の景色を見る。


    ■ AI時代に必要なのは、「速い答え」より「長く続く問い」

    これから先、
    答えを出す能力は、
    ますますAIに近づいていく。

    でも、
    問いを持ち続けることは、
    最後まで人の領域に残る気がしている。

    どんな仕事をするのか。
    どう生きるのか。
    何を大切にするのか。

    これらに最終的な正解はない。
    だからこそ、
    問い続けられる人だけが、
    長く進み続けられる。


    ■ 今日も、答えではなく問いを持って眠る

    完璧な答えを出せない日もある。
    むしろ、出ない日の方が多い。

    それでもいいと思う。

    大事なのは、
    答えを持っていることではなく、
    明日も考え続けたい問いが残っていることだからだ。

    問いがある限り、
    人は完全には止まらない。

    静かに、でも確実に、
    前へ進み続ける。

    あなたは今、
    どんな問いを抱えていますか。

  • Maydo Journal #017

    Maydo Journal #017

    未完成で、不完璧なほど、人は挑戦的でいられる。
    最近、改めてそう感じている。

    きっかけは、アダム・グラントの『HIDDEN POTENTIAL』を読んだことだった。
    能力や才能よりも、「伸び続ける人の条件」に焦点を当てた一冊だ。

    読み進めるうちに、ある問いが何度も頭に浮かんだ。

    完璧主義とは、一体なんなのだろうか。
    そして、自分はなぜ、今も好奇心を失わず、挑戦し続けられているのだろうか。

    みなさん、こんにちは。ブランディングカンパニーMaydoの森下です。僕の記事を初めて見ていただいた方は、ぜひ自己紹介ページもご覧になってください!

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    目次

    1. ■ 完璧主義は、向上心ではなく「恐れ」から生まれることがある
    2. ■ 成長している人ほど「未完成」でいる時間が長い
    3. ■ なぜ僕は、今も挑戦できているのか
    4. ■ 好奇心は、「余白」からしか生まれない
    5. ■ 完璧であろうとするより、挑戦的でありたい
    6. ■ 未完成なまま、今日も動いてみる

    ■ 完璧主義は、向上心ではなく「恐れ」から生まれることがある

    一般的に、完璧主義は美徳のように語られる。
    妥協しない。クオリティを追求する。最後までやり切る。

    もちろん、それ自体は悪いことではない。

    でも、『HIDDEN POTENTIAL』を読みながら気づいたのは、
    完璧主義の正体が、必ずしも「向上心」だけではないということだ。

    失敗したくない。
    評価を落としたくない。
    無能だと思われたくない。

    こうした恐れが、
    「完璧であろうとする姿勢」に姿を変えている場合がある。

    その結果、どうなるか。

    ・動き出しが遅くなる
    ・準備に時間をかけすぎる
    ・挑戦のハードルが上がる
    ・失敗しそうなことは避ける

    気づけば、挑戦そのものを遠ざけてしまう。


    ■ 成長している人ほど「未完成」でいる時間が長い

    本の中で印象的だったのは、
    成果を出している人ほど「最初からうまくやろうとしない」という点だ。

    彼らは、

    ・未熟なまま始める
    ・恥をかきながら修正する
    ・失敗を前提に動く
    ・途中で学び、更新し続ける

    完成度よりも、更新頻度を重視している。

    つまり、
    成長している人は、
    「完成していない自分」を許容できる人でもある。

    未完成であることを、
    欠陥ではなく、余白として扱っている。

    この感覚は、今の自分の働き方とも重なった。


    ■ なぜ僕は、今も挑戦できているのか

    豊岡に来て約6年。
    仕事の環境も、人との距離も、大きく変わった。

    地方では、誤魔化しがきかない。
    同時に、完璧である必要もない。

    むしろ、
    「やりながら考える」
    「未完成でも一歩踏み出す」
    「小さく試して、修正する」
    そんな姿勢の方が、信頼される。

    この環境が、
    自分の中の完璧主義を、少しずつ手放させてくれた。
    そもそも完璧主義でもないとは思っているが、、、

    完璧に準備してから動くより、
    未完成でも、誠意をもって動く。

    すると、不思議なことに、
    好奇心が戻ってくる。

    「うまくやれるか」よりも、
    「どう転ぶかを見てみたい」
    という感覚が勝ってくる。


    ■ 好奇心は、「余白」からしか生まれない

    完璧を目指していると、余白がなくなる。

    正解を探し、
    失敗を避け、
    評価を気にし続ける。

    そこには、遊びも、寄り道も、試行錯誤も入り込む余地がない。

    でも、未完成でいることを許すと、
    思考に余白が生まれる。

    ・別のやり方を試してみる
    ・違う人と組んでみる
    ・まだ言語化できていない感覚を大事にする

    この余白こそが、好奇心の居場所だ。

    『HIDDEN POTENTIAL』が伝えていたのは、
    才能よりも、未完成でいられる勇気の方が重要だということだったように思う。


    ■ 完璧であろうとするより、挑戦的でありたい

    完璧主義を完全に捨てる必要はない。
    クオリティへのこだわりも、責任感も、大切だ。

    でもそれ以上に、
    挑戦し続けられる状態でいることの方が、
    長い目で見れば、価値がある。

    未完成で、不完璧で、まだ途中。
    だからこそ、次の一歩がある。

    今の自分が、
    まだ整いきっていないことを、
    どこかで少し肯定できているから、
    好奇心が消えずにいるのかもしれない。


    ■ 未完成なまま、今日も動いてみる

    完璧に準備が整う日は、たぶん来ない。
    だから、未完成なままでも、動く。

    挑戦とは、
    自信があるからするものではなく、
    余白があるから続けられるものなのだと思う。

    あなたは今、
    完璧であろうとしていますか。
    それとも、未完成のまま、挑戦し続けていますか。